客は運、カジノは統計:大数の法則が商売になるとき

前提が崩れると何が起きるか(大数の法則編)1公開日 2026年8月25日

ルーレットの赤黒

ヨーロピアンルーレットには0から36までの37のマスがあります。赤が18、黒が18、緑の0が1つです。

赤か黒に賭けて当たれば、賭け金が2倍になって戻ります。当たる確率は18/37ですから、1単位を賭けたときの損益の期待値は次のとおりです。

2×183710.0272 \times \frac{18}{37} - 1 \approx -0.027

客は1回ごとに、平均して賭け金の2.7%を失う計算になります。この2.7%が、カジノ側の取り分として知られるハウスエッジです。

ただし、期待値がマイナスだからといって、客が毎回負けるわけではありません。実際に回してみます。

客の側から見る

10人の客がそれぞれ5,000回、赤黒に1単位ずつ賭けた結果です。

図1:10人の客の累積損益(左)と1回あたりの平均損益(右)。左は終点が−200からプラスまで散らばり、右は全員が−2.7%に収束する

左は各客の累積損益です。まず目につくのは散らばりです。同じルールで同じ回数を回しているのに、終点は−200からプラスまで幅があります。途中の動きを見ると、1,000回以上勝ち越している客もいます。

点線は期待値ですが、個々の客がこの線に沿って動くわけではありません。線からの距離は、回数とともに広がっていきます。

右は同じ10人の損益を回数で割った、1回あたりの平均です。序盤は大きく振れますが、回数を重ねるほど、全員が−2.7%の点線に寄っていきます。

左と右は同じデータです。 違うのは、合計を見るか、平均を見るかだけです。

カジノの側から見る

今度はカジノの利益を、客10人分と1,000人分で合計しました。

図2:カジノの累積利益。左は客10人分の合計で期待値の周りを大きくぶれ、右は客1,000人分の合計で期待値の直線に張り付く。色の帯は期待値±2σの範囲

色の帯は期待値±2σの範囲です。σは標準偏差で、帯は結果の約95%が収まる目安と考えてください。

注目するのは帯の幅と期待値の比です。10人では終点で期待値の3割ほどの幅がありますが、1,000人では3%まで縮みます。

帯の幅そのものは、客が増えるほど広がります。それでも利益に対する割合では小さくなる。客は自分の損益額を見るので運に見え、カジノは利益率を見るので統計に見える。 見え方の違いは、ここから来ています。

なお10人の図では、序盤にカジノが一時的にマイナスになる場面があります。客が少ないうちは、カジノも短期では負けうるということです。

なぜ平均は安定するのか

ここで起きていることを一般化したものが大数の法則です。同じ分布から独立に値を取り出して平均すると、回数を増やすほど、その平均が期待値から離れている確率は0に近づきます。

仕組みは一つです。合計のぶれは回数の平方根に比例して広がり、期待値は回数に比例して伸びます。割り算をすると、ぶれの割合は回数の平方根に反比例して小さくなります。図1の左と右、図2の帯の幅と期待値の比は、どれもこの事実を別の角度から見たものです。

「近づく」の正確な意味(確率収束)と、その数学的な根拠は「大数の法則」の単元に譲ります。ここでは、平均は安定するという結論だけを持って先に進みます。

この安定は何に依っているか

ここまでの話には、さりげなく二つの前提が入っています。

一つは独立性です。ルーレットでは、前の回転の結果が次の回転に影響しません。赤が5回続いたあとも、次に赤が出る確率は18/37のままです。

もう一つは同一分布です。5,000回のあいだ、卓のルールは変わりません。マスの数も配当も、最初から最後まで同じです。

この二つがあるから、カジノは客の数と回転数さえ確保すれば、利益率を計算できるものとして扱えます。

保険会社が契約者を集めて保険料を計算できるのも、銀行が貸出先を集めて貸倒率を見込めるのも、世論調査が千人程度の回答から支持率を推定できるのも、構造は同じです。どれも、平均が安定するという前提に、商売や判断を載せています。

では、前の回転が次に影響するとしたら。あるいは、卓のルールが途中で変わるとしたら。平均はどうなるのでしょうか。

次回は、独立性が成り立たないときに何が起きるかを見ていきます。

筆者:Haruguri生命保険会社のプライシングアクチュアリー。日本アクチュアリー会正会員、統計検定1級。運営者について →