客は運、カジノは統計:大数の法則が商売になるとき
カジノはなぜ負けないのか
カジノでは、勝って帰る客もいれば、負けて帰る客もいます。それでも、カジノそのものが赤字になることはまずありません。客にとっては運に見えるものが、なぜカジノにとっては計算できる商売になるのでしょうか。今回はルーレットを例に、この問いについて考えてみます。
ルーレットの赤黒
ヨーロピアンルーレットには、0から36までの37のマスがあります。内訳は、赤が18、黒が18、緑の0が1つです。
赤か黒に賭けて当たれば、賭け金が2倍になって戻ってきます。当たる確率は18/37なので、1単位を賭けたときの損益の期待値は次のようになります。
つまり客は、1回賭けるごとに、平均して賭け金の2.7%を失う計算です。この2.7%はカジノ側の取り分で、ハウスエッジと呼ばれています。
では、期待値がマイナスなら、客は毎回負けるのでしょうか。そうではありません。実際に回して確かめてみましょう。
客の側から見る
10人の客が、それぞれ5,000回ずつ、赤か黒に1単位を賭けたとします。その結果を描いたのが図1です。

左の図は、各客の累積損益です。まず目につくのは、結果の散らばりでしょう。同じルールで同じ回数を回しているのに、5,000回目の損益は−200からプラスまで幅があります。途中の動きを見ると、1,000回以上勝ち越している客もいます。
点線は期待値を表していますが、個々の客がこの線に沿って動くわけではありません。線からの距離は、回数を重ねるほど、むしろ広がっていきます。
右の図は、同じ10人の損益を回数で割った、1回あたりの平均損益です。序盤は大きく振れますが、回数を重ねるにつれて、全員が−2.7%の点線に近づいていきます。
ここで注目したいのは、左と右は同じデータだということです。違うのは、合計を見るか、平均を見るかだけです。
カジノの側から見る
次に、カジノの側から見てみましょう。図2は、カジノの利益を、客10人分と客1,000人分で合計したものです。

色の帯は、期待値±2σの範囲を表しています。σは標準偏差のことで、帯は結果のおよそ95%が収まる目安と考えてください。
注目したいのは、帯の幅と期待値の比です。客10人の場合、最後の時点で、帯の幅は期待値の3割ほどあります。一方で客1,000人の場合は、3%まで縮みます。
帯の幅そのものは、客が増えるほど広がっています。それでも、利益に対する割合で見ると小さくなっていくのです。客は自分の損益の額を見るので運に見え、カジノは利益率を見るので統計に見えます。 見え方の違いは、ここから来ています。
なお、客10人の図では、序盤にカジノの利益が一時的にマイナスになる場面があります。客が少ないうちは、カジノも短期的には負けることがある、ということです。
なぜ平均は安定するのか
ここで起きていることを一般化したものが、大数の法則です。同じ分布から独立に値を取り出して平均すると、回数を増やすほど、その平均が期待値から離れている確率は0に近づいていきます。
仕組みは一つです。合計のぶれは回数の平方根に比例して広がる一方で、期待値は回数に比例して伸びていきます。そのため割り算をすると、ぶれの割合は回数の平方根に反比例して小さくなります。図1の左と右も、図2の帯の幅と期待値の比も、この事実を別の角度から見たものです。
「近づく」の正確な意味(確率収束)と、その数学的な根拠は、単元の方に譲ります。ここでは、平均は安定するという結論だけを持って、先に進みましょう。
この安定は何に依っているか
ここまでの話には、さりげなく2つの前提が入っています。
1つ目は独立性です。ルーレットでは、前の回の結果が次の回に影響しません。赤が5回続いたあとでも、次に赤が出る確率は18/37のままです。
2つ目は同一分布です。5,000回のあいだ、卓のルールは変わりません。マスの数も配当も、最初から最後まで同じです。
この2つが成り立っているからこそ、カジノは客の数と回転数さえ確保すれば、利益率を計算できるものとして扱えます。
保険会社が契約者を集めて保険料を計算できるのも、銀行が貸出先を集めて貸倒率を見込めるのも、世論調査が1,000人程度の回答から支持率を推定できるのも、構造は同じです。どれも、平均が安定するという前提の上に、商売や判断を載せているのです。
では、前の回の結果が次の回に影響するとしたら、どうでしょうか。あるいは、卓のルールが途中で変わるとしたら。そのとき、平均はどうなるのでしょうか。
次回は、独立性が成り立たないときに何が起きるかを、世論調査を例に見ていきます。